大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14496号 判決 1984年3月23日

原告

内藤勝禧

ほか一名

被告

富田商事有限会社

ほか三名

主文

一  被告富田商事有限会社、同富田運輸有限会社、同清水孝博は、連帯して、原告内藤勝禧に対し、金三二一万五九六二円及びこれに対する昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  被告興亜火災海上保険株式会社は、原告内藤勝禧の被告富田運輸有限会社に対する本判決が確定したときは、同原告に対し、金三三七万一九一四円の支払をせよ。

三  被告富田商事有限会社、同富田運輸有限会社、同清水孝博は、連帯して、原告内藤一美に対し、金三二一万五九六二円及びこれに対する昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。

四  被告興亜火災海上保険株式会社は、原告内藤一美の被告富田運輸有限会社に対する本判決が確定したときは、同原告に対し、金三三七万一九一四円の支払をせよ。

五  原告らの、その余の各請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その二を被告らの各連帯負担とする。

七  この判決中、主文第一、第三項は、いずれも仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立て

1  原告ら

「(一)被告富田商事有限会社、同富田運輸有限会社、同清水孝博は、連帯して、原告内藤勝禧に対し、金八二四万一三七六円及びこれに対する昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。(二)被告興亜火災海上保険株式会社は、原告内藤勝禧の被告富田運輸有限会社に対する本判決が確定したときは、同原告に対し、金八二四万一三七六円の支払をせよ。(三)被告富田商事有限会社、同富田運輸有限会社、同清水孝博は、連帯して、原告内藤一美に対し、金八二四万一三七六円及びこれに対する昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。(四)被告興亜火災海上保険株式会社は、原告内藤一美の被告富田運輸有限会社に対する本判決が確定したときは、同原告に対し、金八二四万一三七六円の支払をせよ。(五)訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び右(一)、(三)項につき仮執行の宣言を求めた。

2  被告ら

「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

二  請求の原因

1  交通事故の発生

原告内藤勝禧を父とし、同内藤一美を母とするその間の長男訴外亡内藤典行(昭和三八年一〇月一二日生、以下「亡典行」という。)は、昭和五六年一二月六日午前四時三二分ごろ、千葉県四街道市鹿放ケ丘九九六番地三東関道下り二七・一KP地点(以下「本件事故地点」という。)において発生した交通事故によつて死亡した(以下右亡典行の死亡した交通事故を「本件事故」という。)。

2  本件事故の具体的内容は、次のとおりである。

被告清水孝博(以下「被告清水」という。)は、昭和五六年一二月六日午前四時三二分ごろ、被告富田運輸有限会社(以下「被告富田運輸」という。)が所有し、被告富田商事有限会社(以下「被告富田商事」という。)がその事業に使用し、もつて右両被告が共同して運行の用に供していた営業用普通貨物自動車(多摩四四あ四三四一号、以下「本件自動車」という。)を運転して、東京方面から成田方面に進行して本件事故地点に差しかかつたが、たまたま本件自動車の荷台に乗車していた亡典行が尿意をもよおして荷台上に立ち上り荷台後部幌に手をかけたところ、右荷台後部幌が車体に固定されていなかつたため、亡典行は、進行中に本件自動車の荷台上から車外に転落して車道に頭部及び全身を激突させ、よつて脳挫傷により、そのころ同所において死亡するに至つたものである。

3  責任原因

(一)  被告富田商事、同富田運輸は、共同運行供用者としての自動車損害賠償保障法三条(以下「自賠法」という。)の規定に基づく運行供用者であるから、亡典行及び原告らが本件事故によつて被つた後記損害を賠償する責任を負う。

(二)  被告清水は、本件自動車の荷台の後部の幌を固定せずしかも右自動車の定員は三名であるにもかかわらず、右の荷台に亡典行ほか二名の計三名を乗せ、合計六人の乗車をさせた本件自動車を制限速度七〇キロメートルを超える八〇キロメートルの速度で深夜に運転走行した過失により、亡典行が右荷台から転落する本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条の規定に基づき、亡典行及び原告らが本件事故によつて被つた後記損害を賠償する責任を負う。

(三)  被告興亜火災海上保険株式会社(以下「被告興亜火災」という。)は、本件自動車につき、被告富田運輸との間に、任意の損害賠償保険契約を締結しており、右契約の約款によれば、本件事故によつて、被告富田運輸の支払うべき損害賠償額が本判決の確定により定まつたときは、被告興亜火災においてこれを支払うこととされている。

4  損害

(一)  亡典行の損害

(1) 慰藉料 金一三〇〇万円

(2) 逸失利益 金一八〇八万二一五二円

亡典行は、事故時満一八歳の健康な高校中退の調理実習生であつたから、その推定余命は五五年、稼働可能期間は六七歳までの四九年間である。

昭和五七年の賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子一八歳の平均収入年額は金一六五万八七〇〇円(月収金一二万八五〇〇円、年間賞与金一一万六七〇〇円)であるから生活費として四〇パーセント(年額金六六万三四八〇円)を控除し、四九年ライプニツツ係数一八・一六九を乗ずると前記金一八〇八万二一五二円となる。

(二)  原告らの損害

(1) 慰藉料 各金一二〇万円

(2) 葬祭費 各金七八万九九〇〇円

(3) 弁護士費用 各金七四万五〇〇〇円

(三)  原告らは、前記亡典行の被つた損害合計金三一〇八万二一五二円につきその二分の一(金一五五四万一〇七六円)宛を相続した。

(四)  以上のとおり、原告らの被つた損害は、各金一八二七万五九七六円となる。

5  損害のてん補

自賠責保険金から金二〇〇六万九二〇〇円のてん補がなされた(原告一人当り金一〇〇三万四六〇〇円となる。)。

6  結論

よつて、被告富田商事、同富田運輸、同清水は、連帯して、原告内藤勝禧に対し、金八二四万一三七六円及びこれに対する本件事故発生の後であり、本件訴状が陳述された第一回口頭弁論期日の翌日である昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、また、原告内藤一美に対し、金八二四万一三七六円及びこれに対する前同様の昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被告興亜火災は、被告富田運輸の原告内藤勝禧に対する本件事故による損害賠償額が本判決の確定により定まつたときは、同原告に対し右損害賠償額中金八二四万一三七六円を支払う義務があり、また、被告富田運輸の原告内藤一美に対する本件事故による損害賠償額が本判決の確定により定まつたときは、同原告に対し右損害賠償額中金八二四万一三七六円を支払う義務がある。

よつて、前記一1のとおりの判決及び仮執行の宣言を求める。

三  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求の原因中、左記(1)から(6)までの点を除き、その余の事実を認める。なお運行供用者に関する原告らの主張は争わない。

(1)  典行が車道に頭部及び全身を激突させ、よつて脳挫傷により死亡するに至つたことを否認する。亡典行は車外に転落後、後続の氏名不詳者運転の車両に轢過され、よつて胸腹部打撲によるシヨツクで死亡したものである。

(2)  亡典行が調理実習生であつたことは知らない。

(3)  亡典行が本件自動車の荷台上に立ち上つた動機及び転落した状況は知らない。

(4)  原告ら主張の各損害は知らない。

(5)  原告ら主張に係る被告清水の過失を争う。

なお、同被告の運転走行中、本件自動車の乗車員数が乗車定員を超えていたことは認めるが、亡典行は無理矢理荷台に乗車させられたものではない。また、被告清水は本件事故発生当時平坦な道路を時速六〇キロメートルで走行していたものである。更に、被告清水は、本件自動車の幌の右端をゴムで止め、更にもう一方を止めようとしたところ、誰かが開けておいてくれといつたので止めないままに本件自動車を運転走行し続けたものであるが、左端を止めていたとしても、後部から亡典行が落下する可能性はあり、本件事故は避けられなかつたものである。

(6)  原告ら主張に係る被告らの支払義務を争う。ただし、原告らの主張する被告富田運輸と被告興亜火災との間の保険契約及び右契約の約款によれば、原告ら主張のときに、被告興亜火災において原告ら主張のとおり支払うこととされている点は認める。

2  亡典行は、本件事故発生当時、本件自動車の乗車設備のない荷台に乗り、シンナーを吸つていたものであるが、およそ自動車に乗車する者としては、自動車の乗車設備に正しく乗車し、特に高速自動車道の走行時においては、万が一にも車外に転落しないよう注意すべき義務があるのに、これを怠つた重大な過失があり、同人の死亡は同人自身のみの過失に基づくものである。

仮に被告清水に過失があるとしても、亡典行の右過失は同人に対する損害賠償額の算定につき斟酌されるべきであり、その割合は九〇パーセントを超えるものである。

そして自賠責保険から金二〇〇六万九二〇〇円が支払われているから、仮に損害額が原告らの主張するとおりであるとしても、被告らには、原告らに対して損害賠償を支払う義務がない。

四  請求原因に対する被告らの認否及び主張に対する原告らの認否被告らの主張は、過失相殺の点を含め、争う。ただし、自賠責保険からの支払の点は認める。

五  証拠関係

記録中の書証等目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第一責任原因について検討する。

一  原告ら主張の請求の原因中、請求原因に対する被告らの認否及び主張の1(1)ないし(6)までにおける諸点を除き、その余の事実は当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実といずれもその成立に争いのない甲第一、一二、一三、一六、一七、三二、三三、三四、三五、三六、三七、四九、五〇、五一、五二、五四、五五、六〇、六五、六六号証に原告内藤勝禧、被告清水孝博各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

昭和五六年一二月六日午前四時三二分ごろ、被告清水は、本件自動車(多摩四四あ四三四一号、定員三名)を運転し、いずれもその知人あるいは友人である亡典行のほか訴外米丸真二、近藤豊、井上裕次、橋本信幸の計五名を助手席あるいは荷台に乗せて千葉北インター方面から四街道インター方向へ向けて進行し、千葉県四街道市鹿放ケ丘九六二番地の三号先、制限速度七〇キロメートルの東関東自動車道下り線第一通行帯にある本件事故地点直前に時速六、七〇キロメートル以上の速度で差しかかつた。被告清水は、それ以前、本件自動車を運転していた訴外近藤豊ほかの右の知人、友人たちが、シンナーを吸引しているかあるいはこれから吸引しようとしている風情であることを知つて、途中から右近藤と運転を交替して自分で本件自動車を運転してきたものであつた。本件事故地点に差しかかつた本件自動車には、幌付きの荷台が付いていて幌がかかつていたが、右の荷台には、後記の四名が乗つている以外毛布一枚を除き何ら積載物はなく、荷台の幌の左、右の側には縦にそれぞれ八個のバンド(尾錠つき)が付いていて、幌の外被覆部分を左右側で閉じて柱に固定させることにより、幌後部の覆いが開かないようにすることができる仕組みになつていたほか、幌の下部左右の隅にはゴムバンドが各一本下方へ向いて付いており、これにより、幌の外被覆部分の下部をあおりの外を経て車体に固定して締め付けることができるようにもなつていたが、右の左右のバンド及び右隅のゴムバンドは使用されず、ただ左隅のゴムバンドによつて幌の左端が僅かに止められているだけの状態のまま、荷台には亡典行、訴外近藤、井上、橋本の四名が乗つていた。被告清水の運転する右の本件自動車は、首都高速道路調布インターから一時間余りを走つた位置にあるサービスエリアで小憩の後、同所を出発して本件事故地点の方向へ向かつたものであるが、出発後すぐから、荷台上では、運転席の方を向いて毛布の上へ並んで腰を下ろした右の四名が、こもごもシンナーを吸引しはじめたが、荷台上はほぼ真暗闇といつてよく、隣にいる者の様子さえ必ずしも定かにはみえなかつた。被告清水は、右の四名が乗車設備のない荷台に乗つていてシンナーを吸引していること及び荷台の幌がきちんと閉じられてはおらず、荷台上が右の四名にとつて必ずしも安全ではない状態にあることを知りながら、荷台の状況には十分な配慮を及ぼさず、特段の注意も用いないでそのまま前記速度のもとに漫然二、三〇分間も前記の道路を進行して、本件事故地点付近に差しかかつたものであるが、右事故地点直前を右のような状況のもとに本件自動車が走行中、荷台の上で亡典行が突然顔だけを後ろへ向けてふらふらと立ち上り、そのままその身体が流されるように、二、三歩本件自動車の荷台上後方へ歩いたとみる間に体の向きも進行方向と逆の状態となつて、固定していない右の後部幌の開く個所から一瞬のうちに本件事故地点の路上に転落してしまつたらしい。転落した亡典行は、その直後、後続して右の事故地点を通過した他の車両に轢過され、その頃その付近で、胸腹部打撲によるシヨツクのため即死した。なお、死亡当時亡典行は、調理士見習であつた。

右のとおり認められる。前掲各書証の記載及び各本人尋問の結果中、右認定に沿わない部分は、相互に対比してこれを採用しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  被告清水の本件自動車の運転について、同被告に過失があつたことは後記説示のとおり明らかであるから、同被告は民法七〇九条の規定により、また、被告富田商事及び同富田運輸は、共同運行供用者として(右被告らが共同運行供用者であることは、被告らの争わないところである。)自賠法三条の規定により、亡典行及び原告らがそれぞれ被つた後記認定の損害を賠償する義務がある。

四  被告清水の過失等について

前記認定の各事実と後に説示するところから明らかなように、本件自動車の運行によつて発生した本件事故について、被告清水に過失があつたことは明白であるとともに、亡典行の死亡が同人自身のみの過失に基づくものあるいは不可避のものであつたとはとうていいえない(例えば、前掲各証拠によれば、本件自動車の幌がたとえ下半分だけでもきちんと締め具を用いて閉じられていたならば、亡典行の転落はなかつたものと認められる。被告清水本人尋問の結果中、右認定に沿わない部分は採用せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。)から、被告らのこの点に関する主張は採用しない。

第二損害について検討する。

一  亡典行の被つた損害について

1  慰藉料金一〇〇〇万円。

前記認定の各事実と前記各説示及び前掲各証拠によつて窺える諸般の事情を総合すれば、亡典行の慰藉料は、金一〇〇〇万円が相当である。

2  逸失利益三一六三万八四〇九円。

(前記及び後記認定の事実によれば、亡典行の逸失利益の算定のために使用するいわゆる賃金センサスとしては、それぞれ後記説示のものが適当である。)

(一) 昭和五六年分(二六日間)金四万九五八五円。

(1) 昭和五六年賃金センサス第一巻第三表の産業計、企業規模計、調理士見習計の一八歳男子年齢別平均給与月額金一一万一七〇〇円、年額金一三四万〇四〇〇円。

(2) 同右年間賞与等金五万一八〇〇円。

(3) 右(1)、(2)の合計金一三九万二二〇〇円。

(4) 二六日間分金九万九一七〇円。

(139万2200円×26/365=9万9170円)

(5) 生活費を五〇パーセントとして控除する。

控除額は、金四万九五八五円。

(9万9170円×1/2=4万9585円)

(6) 右控除後の逸失利益金四万九五八五円。

(二) 昭和五七年分金七三万二三五〇円。

(1) 昭和五七年賃金センサス第一巻第三表の産業計、企業規模計、調理士見習計の一九歳男子年齢別平均給与月額金一一万七四〇〇円、年額金一四〇万八八〇〇円。

(2) 同右年間賞与等金五万五九〇〇円。

(3) 右(1)、(2)の合計金一四六万四七〇〇円。

(4) 生活費を五〇パーセントとして控除する。

控除額は、金七三万二三五〇円。

(5) 右控除後の逸失利益金七三万二三五〇円。

(三) 右(一)、(二)については、原告らが昭和五七年一二月二七日までの遅延損害金の請求をしていないこと等の諸事情を考慮して、中間利息は控除しない。

(四) 昭和五八年分以降の逸失利益金三〇八五万六四七四円。

(1) 昭和五七年賃金センサス第一巻第三表の産業計、企業規模計、調理士計の男子全年齢平均給与月額金二〇万三〇〇〇円、年額金二四三万六〇〇〇円。

(2) 同右年間賞与等金四二万四一〇〇円。

(3) 右(1)、(2)の合計金二八六万〇一〇〇円。

(4) 生活費を四〇パーセントとして控除する。

(原告内藤勝禧本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、長男であつた亡典行は、前記死亡当時、高校中退の調理士見習であつて、しばらくすれば調理士の職に就き、やがては一家の支柱となるものと推認され、右推認を左右すべき証拠はないから、控除すべき生活費の率は四〇パーセントとするのが相当である。)

控除額金一一四万四〇四〇円。

(5) 右控除後の逸失利益金一七一万六〇六〇円。

(6) 亡典行の二〇歳以後の労働可能年数四七年に対応するライプニツツ係数一七・九八一〇。

(7) 以上による逸失利益金三〇八五万六四七四円。

(286万0100円×60%×17.9810=3085万6474円)

(五) 以上(一)、(二)、(四)の逸失利益合計は、金三一六三万八四〇九円となる。

二  過失相殺について

亡典行が、本件事故当時、本件自動車の乗車設備のない荷台に乗り、シンナーの吸引をした後、本件自動車の走行中、その荷台の上でふらふらと立ち上つてそのまま二、三歩を荷台上後方へ歩いたとみる間に転落するに至つたらしいことは前記認定のとおりであるが、右のように立ち上つてそのまま二、三歩を荷台後方へ歩いた理由が、尿意をもよおしたことによるものか、シンナーを吸引して意識が朦朧としていたことによるものか(亡典行が、どの地点からどの地点までにどの程度のシンナーを吸引し、どの程度の意識に障害を来たしていたものかを明確にすべき証拠はない。)、深夜自動車の荷台に長時間乗つたことによる疲労のため足元の不安定を来したものか、あるいは幌内の暗闇の中でふと方向を誤つたことによるものか、あるいは荷台上で居眠りをした末寝惚けたことによるものか、それともたまたま立ち上つたはずみに本件自動車が加速して足元が不安定となつたことによるものか等その理由については、前記認定のとおり、幌の内がほぼ真暗闇といつてよい状況であつたうえ、前掲各証拠によれば、亡典行とともに荷台上にいた他の前記三人は、いずれも程度の差はあれシンナーを吸引していたため、記憶に不正確なところが少なくないことが認められ、また右三人の警察官及び検察官に対する供述調書(前掲甲第三二、三三、三四、三五、三六、三七、四九、五〇、五一、五二、五四、五五、六五、六六号証)の各記載を総合検討しても、これらから窺える本件事故直前の状況には、なお判然としない点があること等から、結局のところ本件各証拠上必ずしも明らかではないのである。しかし、前掲認定の各事実と右に説示したところのほか、亡典行と被告清水の年齢、各職業、両者の平素の交友関係等本件にあらわれた諸般の事情を総合して考えると、亡典行にも、本件事故の発生について注意を欠く点があれこれと存したことは否定できないから、亡典行の被つた損害の賠償額を算定するに当たつては、右の各点を斟酌し、前記認定の損害につき、四五パーセントを減ずることとする。

右によれば、亡典行が、本件事故により被つた損害の額は、金二二九〇万一一二四円となる。

(1000万円+3163万8409円)×55%=2290万1124円。)

三  原告らの被つた損害について

1  葬祭関係費 各金五〇万円。

亡典行が原告らの長男であつたことは当事者間に争いがなく、いずれもその成立に争いのない甲第三号証から同第五号証までと原告内藤勝禧本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは、本件事故により亡典行の被つた傷害の程度が大きかつたこと及び遺体の剖検が実施されたことのため、葬祭関係費として、予想外の出費を余儀なくされ、合計金一〇〇万円をかなり超える出捐をしたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はなく、そのうち原告ら各自につき金五〇万円をもつて相当因果関係内の損害とするのが相当である。

2  慰藉料金一〇〇万円。

前記各認定の事実関係その他前掲各証拠によつて窺知できる諸般の事情を総合すれば、原告らにつき各金一〇〇万円が相当である。

3  なお、亡典行の被つた損害の賠償額の算定に当たり過失相殺を行つたことは前記のとおりであるから、原告らの被つた損害の賠償額の算定に当たつては、その特段の心情をも考慮して、過失相殺をしない。

4  相続

亡典行が原告内藤勝禧を父とし、原告内藤一美を母とする、その間の長男であつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、亡典行の死亡により、原告らが亡典行を相続したことが認められ、右認定を左右すべき証拠はないから、原告らは、各二分の一宛亡典行の前記過失相殺をした後の損害賠償債権を相続したものというべきである。

5  以上によれば、亡典行が本件事故によつて被つた損害のうち被告富田商事、同富田運輸、同清水において連帯して賠償すべき額は、金二二九〇万一一二四円となるところ、原告らは各自その二分の一である金一一四五万〇五六二円宛を相続したものであり、また、亡典行の本件事故による死亡のため、原告らがそれぞれ被つた損害は、各自金一五〇万円であるから、原告らの取得した損害賠償債権の額は、結局、各自につき、金一二九五万〇五六二円となるが、これらに対して、合計金二〇〇六万九二〇〇円(原告ら各自につき金一〇〇三万四六〇〇円)が自賠責保険からてん補されたことは、原告らの自陳するところであるから、これを控除すると、原告らのそれぞれ取得した損害賠償債権のうち、右被告らにおいて連帯して支払うべき額は、原告ら各自に対し、6の弁護士費用を除き金二九一万五九六二円となる。

6  弁護士費用

前記認定の各事実、弁論の全趣旨、当裁判所が職権で試みた和解の経緯その他一切の事情にかんがみ、弁護士費用のうち、各金三〇万円をもつて、被告富田商事、同富田運輸、同清水において連帯して、原告ら各自に対し賠償すべきものとするのが相当である。

7  以上を合計すれば、被告富田商事、同富田運輸、同清水において、原告ら各自に対し連帯して支払うべき金額は、金三二一万五九六二円となる。

8  ところで被告富田運輸と同興亜火災との間に、原告主張の任意の損害賠償保険契約が締結されており、右契約の約款によれば、本件事故につき被告富田運輸の支払うべき損害賠償額が本判決の確定により定まつたときは、被告興亜火災においてこれを支払うこととされていることは当事者間に争いがない。

第三結論

以上によれば、原告らの本訴各請求は、原告各自において、被告富田商事、同富田運輸、同清水に対し、連帯して、金三二一万五九六二円及びこれに対する本件の訴状が陳述された第一回口頭弁論期日の後であることが記録上明らかな昭和五七年一二月二八日以降右支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分及び被告興亜火災に対して、被告富田運輸の原告内藤勝禧、同内藤一美に対する各右損害賠償額が本判決の確定により定まつたときに、右の各損害賠償額のうち本件口頭弁論終結時までに確定される金員(金三二一万五九六二円及び昭和五七年一二月二八日以降昭和五八年一二月一六日までの右金員に対する年五分の割合による金員である金一五万五九五二円の合計額)すなわち金三三七万一九一四円の支払を求める部分につきそれぞれ理由があるから、右理由のある限度においてこれを正当として認容し、その余は理由がないから、いずれもこれを失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仙田富士夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例